これが当たり前だと思ってることが、ほかの地方のひとからは
「なに、それ?」と見られることがありますよね。
『広島県西部でお盆の墓参りに飾るもの、といえば盆灯籠があ
りますよね。』
お盆には、ごく当たり前に飾っているけど。これって、広島だ
け!全国では飾らなんだ!って、話なんだけど。
盆灯籠について、ご存じない方に説明しておきましょう。
盆灯籠は、長さ1.5mほどの竹の先を6つに割って、そこに赤・
黄・紫などの色紙を張り合わせ地面に穴を掘ってそこに灯籠を
付きさします。
値段は、500円~1000円ぐらいです。
この盆灯籠がたくさん並ぶと、カラフルできれいですよ。
お盆に墓参りに来た、という実感がしますよ。
初盆を迎えたお墓には、色の無い、白一色の盆灯籠が飾ってあ
ります。
ここでは、広島盆灯籠の由来、安芸門徒のお盆、広島の盆灯籠
についてお伝えしましょう。
広島盆灯籠の由来?
広島県西部には、安芸門徒といって浄土真宗の信者がたくさん
います。
その安芸門徒が江戸時代に飾り始めたのが起源とされています。
一説によれば、江戸時代の後期、広島城下の八丁掘り界隈に立
ち並んでいた町家。
現在の紙屋町あたりに住む紙職人の愛娘が死去したときに、両
親が死をいたんで灯籠を作って墓に飾ったのが始まりと言われ
ています。
安芸門徒のお盆?
安芸門徒独特の風習として、お盆の際の盆灯籠が挙げられます。
竹を六角形のアサガオ型に組んだ物に、赤・青・黄などの色紙
を貼って作る灯籠で、機能としては他宗派の卒塔婆に相当しま
す。
大抵の門とは「灯籠」と呼ぶが、地域によってはその形から
「ぼんぼり」とも呼びます。
その地域で安芸門徒さんを中心に生じた坊灯籠の習慣は習俗で
あって、宗教的な意味合いからのものではありません。
もちろん浄土真宗の教えともまったく関係がありません。
浄土真宗の方でもその地域だけの真宗門徒の習慣です。
盆道路は江戸の後期ごろから始まったと言われ、当初は白い紙
の盆灯籠のほかに現代のような赤・青・黄・金などのカラフル
な色紙を用いたものとなり、その後初盆の方だけは昔ながらの
白い紙のみの盆灯籠を用いるように習慣が変化してきています。
広島の盆灯籠?
竹の先を6つに割り広げて、上部に竹のわく(針金のものもある)
を挟み、赤・青・黄色・紫などの色紙を貼り飾りつけたものです。
初盆のお家では、白い灯籠をたてられます。
灯籠なのですが、実際には中に火を灯すことはなく、(昔はナス
などに爪楊枝をさしてロウソクを立て、中で転倒させたようですが)
色をお供えするという意図のものです。
始まりは、広島城下で傘貼りをしていた浪人さんが、亡くなら
れた娘さんのお墓にお供えするものを自作したといわれており
まずが、他にも諸説があります。
「安芸門徒」独特の習慣と伝えられますが、本来は、広島城下
(広島旧市内)から太田川流域にかけての習慣でございます。
長さ2m近い物から、50cmくらいの小さいものまで色々あります。
近年、広島県西部から周辺部の様々な場所でも販売されるよう
になり、もともとこういう習慣のなかった土地にも見られるよ
うになりましたが、再び元にもどってゆくようです。
最近ではコンビニで販売されています。
まとめ
一般的にいわれているお盆に先祖の霊が家に戻ってくるという
世界観は、仏教行事と日本古来の信仰が習合したもので、昔は
死に対する恐れや、けがれの意識が強かったことも影響してい
るようです。そのため、本来の仏教の教えとは相容れぬ部分も
あります。
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